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Landscape Photographer, Natural World Enthusiast, National and State Park Supporter, Graphic Artist, Typographer, Dog Lover Except for re-posts, All photographs are my own and protected by Copyright. No DM, No Porn, No Politics... I'm here for photography.
👤 Joined on 16 February 2025
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幼稚園に通うマブ友から、秋の遠足のお土産にと森で拾った可愛いどんぐり貰いました🌱 どんぐりは、ブナやカシ、コナラなどの木々が実らせる堅果の総称~🍂 ころんと丸い子、すらりと細長い子、それぞれに個性があって、ちょこんと帽子をかぶったorぱんつ履き姿は、まるで森の小さな住人のようでもあり、手にした人をみな笑顔にする魅力を持ちます。 森の香り・ママのお弁当の美味しさ・大好きな子との手繋ぎ etc. 沢山の話しと一緒に秋の宝物を届けてくれました。 小さな宝物を拾った時のわくわくを、誰かにも分けてあげたい~そんな小さな優しい心遣いがとても嬉しくて、手のひらのなかの小さな秋にほっこりなのでした🍃
Show Post朝、駐車場へ向かう途中、シャツにテントウムシが止まっているのに気づき、そっと草の上に逃がしてあげました🐞 茅ケ崎から横浜へ出かけ、用事を済ませて鎌倉経由で海岸線を走らせ帰還し車を降りると~シャツにまたテントウムシの姿を見つけました。 朝のあの子なの? もしそうなら、草むらから車に飛び乗り、横浜から鎌倉まで、ずっと一緒に旅をしていたことになります・・・ テントウムシ=天道虫は、太陽に向かい飛び立つ習いから「お天道様(太陽)と繋がる虫」として、世界中で幸運のシンボルとされています。 偶然であっても、そう考えるとなんだか楽しく、小さな旅の同伴者が、幸運を届けてくれたとほっこり気分なのでした🍃
Show Postホカホカの湯気が立つ「大学芋」を差し入れに貰いました🌱 最近は少なくなった気がしますが、昭和の商店街には、大学芋の甘い香りが溢れていたように想うのです。 大学芋は、さつまいもを油で揚げ、砂糖や水あめの蜜を絡め、黒ごまをパラリと塗し、外はカリッ、中はホクホク~紅あずまや鳴門金時なら素朴な甘さ、紅はるかや安納芋ならねっとり濃厚な甘さの好物のおやつでした。 名前の由来は、大正~昭和初期に大学生に人気だった説や、東京の学生街で売られていた説など諸説あるそうです。 アルミの弁当箱、ランドセル、夕暮れの商店街、友達の笑い声~大学芋の甘さは、そんな昭和の記憶まで思い出させてくれる味わいなのでした🍂
Show Post花手水:はなちょうずとは、神社や寺の手水鉢に季節の花を浮かべて彩り、参拝者の心を和ませる風景として親しまれています🌿 花手水は、水のない場所で草花についた露を使い、身を清めたことに由来するといわれ、水と花を結びつけてきた日本の文化が背景にあります。 他方、海外にも花を水に浮かべ、祈りや祝い、季節を表現するフローティングフラワーという暮らしの中で楽しむ風習もあります(もともとはインドの習慣とか)。 水に花を浮かべる共通点は、花を活けるのではなく浮かべることで、野に咲く美しさとは違う美しさが広がること~ 水面に揺れる花と水が織りなす静かな語りかけに心を寄せる時、何かが胸に生まれてきます🍃
Show Post「余白」と「余韻」は、違うのにどこか似てもいます🌱 余白は、言葉と言葉の間にそっと残された静けさ 余韻は、音や言葉が消えた後に、心の中でなお響き続けるもの 何も書かれていない余白があるからこそ、人はそこに想いを重ねるものです。 全てを語らないからこそ、言葉は消えた後も心に残ります。 余白は、想いを受けとめる器 余韻は、その器に満ちていく静かな響き 余白があるから、心は想像していきます。 静けさがあるから、記憶は深くなります。 余白が余韻を生み、余韻がまた心に余白を創り出すことの繰り返し~ 残さないことにも、残るものがある~ その美しさを、ひとは「余白と余韻」と呼ぶのかもしれません🍃
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