kaitoryosaito.bsky.social
文学フリマ東京に出没する雑文書きです。普段は読書感想文と雑談、文フリ前には告知が多くなります。サバラン文学主催。青音色メンバー。ぬいぐるみと喋る族。
👤 Joined on 31 diciembre 2023
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@kaitoryosaito.bsky.social今日は食器洗いと洗濯をした。 完璧主義なので、やり始めたら徹底的にキレイにする。またどんな本も、最初から全て丁寧に読まなければ気が済まなかったりもする。 だけどそんなやり方はしばしば疲労を生むし、余計に効率を落とすことも多い。 60〜70%でいいという理念を持つことも、ある種の覚悟だし、賢明な処世術なのだろう。もう少し適当に生きたいものだ。
Show Post最近は時々スタバで高校物理の学び直しをしていたりする。 表紙のイメージからもわかるように、一見無機的な物理現象や問題を、真逆のアプローチで温かく説明している。しかもタイトルの通り、とても分かりやすい。 もはや学ぶ意味があまりないため続けにくいのだが、趣味やボケ防止として細々とこなしていきたい。
Show Post掌編、短篇、中篇、長篇と、小説の分量によってそれぞれ呼び方はあるが、調べてみると、枚数に厳格な決まりは定められていないようで、おおよその数字で区分されている感じがある。たとえば何枚までが短篇か、という問いであっても、人によって意見が異なる。わたし個人の考えでは、100枚の小説は短篇だという認識があり、150枚を超えれば明らかに中編だと思っているのだが、そうじゃないという人もいるだろう。短篇と中篇の分水嶺は、100枚から150枚の間のどこかに収束されるのではないかとは思うのだが。 最近書き終えた作品は150枚を超えた。自分では中篇小説と呼びたい気持ちである。
Show Postプリーモ・レーヴィの「私は人間であることが恥ずかしい」という言葉、一人の人間からこんな言説が発されるというのはどういうことなのか。1948年からガザで起こっている出来事はホロコーストから連続していて、今でもレーヴィのような精神と曝された肉体の傷を量産してしまっている。一人のレーヴィが多数のレーヴィ(あるいはそれ以上の傷)となって。 岡真理さんの著書を何冊か読んで、色んな暴力の形態を知る。直接的暴力は報道されやすいけど、さらに問題的となる構造的暴力。それらの先に、忘却の暴力、沈黙の暴力、見て見ぬふりをする暴力がある。岡真理さんの本はどれを読んでも、無知な自分が恥ずかしくなってくる。
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